戦後の5年間、伝票などに描かれた倉石隆のデッサン
2010年5 月 6日 (木曜日)
こどもの日の昨日も、図録制作に向けて時間を費やした。倉石隆氏のデッサン類の整理でした。
実は当館には倉石氏のご遺族から託されたデッサンが多数あります。三年前の開館直後に持参してくださり、お預かりしている作品です。
描かれた時期は故郷高田に復員された昭和20年秋から再上京までのほぼ5年間に相当すると考えられます。困窮する戦後にあって、氏は身辺の紙という紙にデッサンを試みておられます。幸い洋品店だったご実家には様々な伝票類があったのでしょう。画用紙やチラシも混じりますが、目を引くのが数多くの納品書や仕切り書などへのデッサンでした。
| 街(伝票の裏) | 街(書類の裏) |
昭和16年、森永製菓宣伝部から画家に転身して4年。乾いた喉が水を求めるように紙を求めて描iかれています。
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廊下の向こうに光が見える。
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座ってほほえむこども(解剖図に) |
迫力あるクルミのデッサンで決意を語る。
「線は駆使するものであて(ママ)もてあそぶべきものではない
色は美しく附ければよいのではない 色は目的(感激)に対する効果である
技術は手段であって目的ではない」
思わぬ長いノートになりました。若き高田時代の100を越える作品は、小品ながら敗戦の空気と共に困難で遠い道に踏み出す画家の心と息づかいを至近距離のリアリティをもって伝えていました。
予定の図録はこの時代のデッサンにも十分配慮したいと思っています。